月下に眠るキミへ
 


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過酷な過去を抱えていても、生きることへの執着では人一倍根性があって、
どんな窮地でも諦めず、何とか乗り越えようとし。
場合に拠っちゃあ過ぎる無茶だってしますという、
大人しそうな外見に似ない頑張り屋さんな敦くんを、
何にもしないで いやさ
しないというか出来ないほど遠くに居るがため
ああまでしょげさせていた蛞蝓帽子置きくんに腹を立てつつも、
何とか笑ってくれたほどには復活させられ。
油断するとあっという間に関係書類であふれてしまう
探偵社自慢の資料室の整理にと赴いてってしまったの見送って。

 “何でああも自信が持てない子なんだろうねぇ。”

太宰は “う~む”と唸り、形のいい眉を思わずしかめた。
それは壮絶な育ちをしているにもかかわらず、
朗らかでそのくせ忍耐強くて、
その辛抱をようよう生かし、人の気持ちを酌んでくれる優しい子。
第一印象は頼りなさそうだなんて思われた相手からでさえ、
気がつけば信頼されて、お気に入り扱いされているような。
誠実で一本気で、暖かな心根をした、
誰からも好かれよう
申し分のない気性と性根とを併せ持ってる稀有な子だのに、
どういうわけだか肝心なところで及び腰になり、しかも自分を大事にしない。
あの、脳筋馬鹿な中也相手に、最初は自分から離れませんと食いついたくせして、
馴れ馴れしいのが過ぎては嫌われるんじゃないか、
遠慮のない馬鹿な子は嫌がられないかと、
何につけ立ちすくんでしまっていたのが傍から見ていて歯がゆいほどだったし。
いざという時 びっくりするほど大胆で、
凶悪な敵へ怯みもしないで突っ込んでく子で、
そこまでならば勇猛果敢という雄々しさとして喝采を贈れるが、
その身をあっさり盾にしちゃうほど自分を大事にしない子でもあって。
死にたがりの太宰じゃあるまいにと国木田に言わしめたほど、
何だその矛盾した行動はと、何度頭を抱えさせられて来たことか。

 “あの子からだって。”

そういや昨日は、自分の愛し子からも
不意打ちのようにというか、何とも唐突なことを訊かれていた太宰で。
曰く、

 『人虎はどうしておりますか?』

自分が当たり前に毎日逢っているその上、
この子とも随分と親しくなっているのが刷り込まれていたものだから、
え?とどこか素っ頓狂な顔になっていたと思う。
直接会わずとも、電子書簡やら “らいん”とやらでの会話を持っていようから
だったら近況なんて自分よりも知ってるんじゃあなかろうかと思ったからで。
食後のお茶を運んできたそのまま、
向かい側へ座ろうとしかかった彼の細腕を捕まえ、
すぐ隣へと引き寄せて、

 『どうしたの、もしかして喧嘩でもしたの?』
 『いえ?』

何を唐突なことを聞かれますかと言わんばかり、
こちらが突拍子もないことを言い出したように目を見張るのへ、
いやいやいやと。

 『そういうことこそ、
  電子書簡でちょちょいって伝えればいいんじゃあないの?』

それが出来ないような齟齬でも生まれたの?と訊き返す。
ついつい言葉を端折ってしまう悪い癖、
この子へは極力避けようと思っていたが、いかんまだまだ出てしまってる。
洞察力がない子じゃあないけれど、どうにも戦闘に関するものに偏っているらしい
……と睨んだ私だったのへ、

 『僕の都合ではありますが、
  当分は非番もなく、待ち合わせなど出来なくなりますゆえ、
  それをどう伝えればいいものかと。』

そんな方向での気遣いが出ての、伺うような云いようであったらしく。
というのが、

『元気は元気だけれど、時々心此処にあらずって風で肩を落としているような。』
『左様ですか…。』

ああやはりと、中也が不在なせいだというのは察しているようで。
そんな中で自身もまた、
これまでのようには逢えなくなるなんて告げにくいと感じたのだろう。
ウチだってそろそろ繁忙期に入るから、そうなったらしょげてる暇もなくなるよと、
案じるほどのことじゃあないよと口添えしてから、

『わざわざそんなことを告げときたくなるほど、あの子のこと気にかけてるの?』

気に入りのフワフワの猫っ毛を指先で梳いてやりつつ、
そんなことをそれこそわざわざ訊けば、

『? おかしいのでしょうか。』

親しい相手には普通の気遣いじゃあ…と小首を傾げるのが、
太宰には実のところ くすぐったい。
まさかにこの子にそんな気遣いをさせる相手が出来ようとは。
上司への“報連相”やマナーでもなくの特別扱い、
失いたくない、雑に扱いたくはないとするような対象、
敦くんの感覚で言えば
嫌われたくないと意識するあまりに及び腰になっちゃうような、
そんな大事な相手が出来ちゃったなんてねと、
胸のうちがホカホカしてしようがなくて。
くふくふと隠しようもない笑みをこぼしつつ、

『なに、始終傍にいるより丁寧に配慮してもらえるのなら、
 そっちもいいかなと思ってね。』

『…え?』

 ……あ、しまった、と。

切れ長の目許を見開いて、
そのまま表情が固まりかかった愛しい芥川くんへ、
いやいやいやいや、たまに会うなんて私の方こそ無理だから、
何なら遠征のたびに付いてきたいほど
今の敦くん以上に気が気じゃなくなるくらいなんだから、と。
私への気配りへが一番過敏になってる彼への口利き、
決してぞんざいにするまいというの、
大慌てで懐ろに囲った痩躯が その緊張を解くまで背中をさすって宥めつつ、
あらためて大反省したことまで思い出し、

 Trrrrrrrr、Trrrrrr……、と

慎みのない呼び出し音で 甘い甘い回想を容赦なくぶった切ってくれた、
卓上で鳴き喚いている電話に手を伸ばす太宰で。
一旦 事務の方で応対した外線入電であるらしく、
耳に覚えのある女性の声が伝えて来たのが、

 【 軍警の方から緊急のご依頼だそうです。】
 「判った。つないでくれたまえ。」

刑事が巡査を伝令とし、関係書類を運ばせた方が、
公的な支援要請だという流れへの何よりの証明となるのだが、
直接使者を仕立てる余裕もないような事態では仕方がない。
事務員の口調にそんな緊迫の余波を嗅ぎ取って、
受話器を頬にあてがいつつ、椅子から立ち上がると、
向かい側のデスクから鋭い視線を上げてきた国木田へ目配せをやり、
オープントークへ切り替える。
そちらもやはり聞き覚えのある、
ヨコハマ管内を網羅するご近所の 所轄より
も一つ上の級の捜査本部の警部補殿が急を告げての曰く、

 【 …だ、緊急の依頼となるが支援を頼みたい。
  無差別爆破の予告状が届いた。
  ガセではない証明にと、港湾地区の空き倉庫が手始めに爆破された。】

居合わせた社員一同、あっという間に真剣な面持ちとなり、
それぞれで適切に動き出す。
谷崎はPC上に地図を開き、素早くキーボードを叩くと
現状の動きを知らせてくれと特殊な符号付きの電子書簡を相手へ送り、
賢治は資料室へ敦くんを呼びに行く。
こちらの気配を察してだろう、医務室の方からは与謝野女史が、
社長室からは社長と乱歩さんが速やかに出て来ており、
湯呑を片づけていたらしい鏡花ちゃんとナオミちゃんも
給湯室から出てくると、指揮者からの采配を待って真摯な顔となる。


  ほらね?
  我々をのんびりなんてさせてくれないのだ、ヨコハマという街は。



 to be continued. (17.11.28.~)




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 *探偵社の繁忙期って一体。(苦笑)
  原作様のそれは鋭利でカッコいいキャラはいません、すいません。
  芥川くんなんてもはや原形をとどめずの
  “誰だ?”状態となっちゃってますね、ごめんなさい。(好きなのになぁ…)
  そんなナイーブな青少年たちに、太宰さんたら微笑ましいなぁと感じ入ったようです。
  活劇話にしようかそういう話にしようか、まだちょっと決めかねてるところですが…。